神戸海星の歴史

ステラ・マリス物語

1839

マリ・ド・ラ・パシオン(1939-1904)フランスのナント市で
マリ・ド・ラ・パシオン誕生。

1839年5月21日、フランスのナント市でヘレン・マリ・ド・シャポタンが誕生しました。彼女こそ本学のルーツとなる人です。

ヘレンは1860年に「クララ会」に入会し、聖フランシスコの精神に深い影響を受けます。1864年にマリ・ド・ラ・パシオン(ご苦難のマリア)の修道名を受け、翌65年から10年以上にわたり宣教者としてインドで布教に努めます。その後ローマに向かったシスター・マリ・ド・ラ・パシオンは、1877年に教皇ピオ9世の承認を受け、「マリアの宣教会」を創立。1882年には遂に聖フランシスコの家族の一員となり、幼い時からの願いを叶えたのでした。

1898

マリアの宣教者フランシスコ修道会、5名の会員を日本に派遣。

1885年には修道会の名が正式に「マリアの宣教者フランシスコ修道会」となります。1898年、この修道会は熊本でハンセン病患者の世話をするために5名の会員を派遣しました。シスター・マリ・ド・ラ・パシオンは1904年に帰天しますが、修道会のシスターの数は現在世界73か国で約8,000人になっています。日本では5名の来日以来110年余、現在は320名のシスターが約30の修道院で活動を続けています。

1951

旧聖堂内高等聖家族女学校から学校法人海星女子学院を設立。

1946年、海星女子学院の前身である高等聖家族女学校の経営をマリアの宣教者フランシスコ修道会が引き継ぎます。シスター・マリ・ド・ラ・パシオンの愛が本学に宿った年です。そして5年後の1951年、学校法人海星女子学院を設立し、現在地である神戸市灘区青谷町に小学校・中学校・高等学校を設置しました。4年後の1955年には短期大学英語科を、1962年には家政科を増設しました。

1955

短期大学英語科設置。短期大学英語科に教職課程設置。

1962

短期大学家政科増設。

1964

海星女子学院短期大学を神戸海星女子学院短期大学と名称変更。

1965

大学を設置、80年代以降は国際的に翼を拡げる。

1965年には大学が設置され、文学部(英文学科・仏文学科)が開設されました。入学定員は各学科40名でした。その後1984年には、神戸市須磨区にセミナーセンターを設立しました。また1988年には、大学英文学科から米コロラド州立大学への短期留学が始まり、その後も海外の大学と姉妹校協定を結ぶなど、国際的に翼を拡げていきました。

大学開学式(1965)新入生たち(1965)

1984

神戸市須磨区東白川台にセミナーセンター建設。

1985

短期大学創立30周年、大学創立20周年記念式典挙行。
短期大学家政科入学定員を50名から100名に変更。

1988

海外留学制度開始。

1998

大学文学部英文学科を英語英米文学科、仏文学科をフランス語フランス文学科に学科名称変更。
大学英語英米文学科入学定員を40名から90名(臨時を除く)に変更。

1999

大学英語英米文学科臨時定員の恒常化認可で入学定員を130名に。

さらなる国際化。 時代のニーズに合わせ、いっそうの発展

2000年には大学図書館棟を落成し、2008年には文学部から現代人間学部に名称を変更しています。
シスター・マリ・ド・ラ・パシオンの理念はいまも神戸海星に息づいて、次代に貢献する女性の育成に努めています。

2000

大学図書館棟建設(学校法人創立50周年記念行事)。短期大学廃止。

2004

文学部・英語英米文学科、フランス語フランス文学科募集停止。
文学部・国際英語メディア学科(入学定員100名)、心理こども学科(入学定員70名)開設。

2008

文学部・国際英語メディア学科募集停止。文学部を現代人間学部に名称変更。英語キャリア学科(現 英語観光学科)(入学定員50名)及び観光ホスピタリティ学科(入学定員50名)を開設し、既設の心理こども学科(入学定員70名)と合わせ、1学部3学科体制となる。

2012

現代人間学部・観光ホスピタリティ学科募集停止。
英語キャリア学科(現 英語観光学科)心理こども学科(入学定員各50名)の1学部2学科体制となる。

2014

現代人間学部・英語キャリア学科を、英語観光学科へ学科名称を変更。

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