学長メッセージ

2023年度 卒業式 学長式辞

皆様、ご卒業おめでとうございます。神戸海星女子学院大学の教職員を代表して、心からお祝いを申し上げます。影となり日向となり、卒業生の皆様を励まし支えてこられたご家族の皆様には、この日を心待ちにしておられたことと存じます。お慶び申し上げますと共に、特にコロナ禍における様々な場面でのご協力・ご理解と、これまでのご支援に心から感謝申し上げます。

皆様が入学をされた2020年の春は、世界中がコロナ禍の混乱の渦に入ったばかりの時で、入学式を執り行うこともできませんでした。1年次春学期の間は、同級生と直接顔を合わせることもできず、慣れないオンラインでの授業参加を余儀なくされました。毎日何通も届くメール通知、導入したばかりのオンライン学習システム=Googleクラスルームの利用など、入学したばかりの皆さんの不安は如何ばかりだっただろうかと思います。それでもSNSを活用して同級生同士で繋がり、様々な困難を乗り越えて勉学に取り組み続け、こうして学位を取得して卒業の日を迎えられた皆さんに、心からの敬意を表したいと思います。

さて、私たちの居るこの場所から少し視線を上げると、コロナ禍以外にも、国内外で様々なことが起こった4年間でした。イスラエル軍のパレスチナ・ガザ地区攻撃、ロシアのウクライナ侵攻は未だ続き、罪のない多くの命が犠牲になっています。地理的には遠い場所での出来事ですが、物理的に人や物の移動が容易になり、ICT技術の発展により、離れていても情報を得たり直接繋がったりすることが可能となった現代においては、決して知らない遠いところの出来事ではありません。また、今年の元旦に能登半島地震が起こり、どれだけ科学技術が発達しても、自然の猛威の前に人間は無力だということを改めて思い知らされました。当たり前だと思ったことやモノがどれだけ「有難い」ものかを実感することも多かったのではないでしょうか。

皆さんは来月からそれぞれ新しい世界に足を踏み出すのですが、今私たちが生きているのは、このような、変化の激しい、予測不能な、そして複雑な問題を抱える社会です。大学を卒業して社会に出ていくことに、期待と不安に包まれていることでしょう。この先進む場所で自分に何ができるだろうか、自分が社会の役に立つことができるだろうか、と思っておられるかもしれません。

初めての世界への船出を前にした皆さんにお伝えしたいことが二つあります。一つ目は、「一人ひとりが『Stilla Maris』である」ということです。「海星」のラテン語名は「Stella Maris」です。そしてそれは本学院の保護者である聖母マリアを意味します。マリアという名前は、旧約聖書に登場するモーセの姉、ミリアムが元になります。エジプトを脱出したイスラエルの民を、モーセとその兄弟アロンとともに導いた人、として登場する人物です。

4世紀から5世紀にかけて生きたキリスト教の聖職者であり神学者であるヒエロニムスが、このミリアム(後のマリア)という名前の意味を、「海の雫」と解釈しました。ラテン語で「海」は「Maris」、「雫」は「Stilla」。すなわち、マリアの愛称は、始めは「海」の「星 (Stella)」ではなく「海」の「雫 (Stilla)」だったということです。
その後、口語でマリアのことが言い伝えられていく内に、「海の星 (Stella Maris)」という言葉に変化し、カトリック教会に定着していきました。大海原を航海する船乗り、言い換えると、人生の荒波を生きる人々を導く星として象徴的な名前を、マリアの愛称とした訳です。

さて、ここで思い出すのが、皆様ご存じのマザー・テレサの「大海の一滴 (A Drop in the Ocean)」の祈りです。社会全体の営みを「海」に例え、一人の人間を、また一人の人間の小さな行いを、大きな水の塊の中の「一滴の水」に例えています。

マザー・テレサは、教員をしていた時の出逢いがきっかけで、インドのコルカタで、貧しく身寄りのない人々に寄り添う活動をするようになりました。そんな彼女に対して、「(困った人は山ほどいるのに)そんなことをして一体何の意味があるのか」と疑問を投げかける人が少なからずいました。でも、そのような声に対し、マザー・テレサは、次のように言いました。

「私たちの為すことは、大海の一滴にすぎません。しかし、私たちの行動がなければ、大海はその一滴分は少なくなっているのです。」

つまり、一人ひとりの存在や働きは小さなものですが、間違いなく存在する一つのものとして意味がある、ということです。お城の石垣を作るいろんな大きさの石のように、一人ひとりの水滴の大きさや成分は異なるでしょう。それでも良いのです。石垣を作るために使われた石が、どれも必要な石であるように、一人ひとりの雫は大切な一滴なのです。

お伝えしたいことの二つ目は、「カタツムリの速さで」ということです。

私が好きな合唱曲に「しあわせよカタツムリにのって」という歌があります。「手のひらを太陽に」の作詩家としても知られ、「アンパンマン」の生みの親として有名な やなせたかし による作詩の歌です。一番の歌詞をご紹介します。

 しあわせよ あんまり早くくるな
 しあわせよ あわてるな
 カタツムリにのって あくびしながら やってこい
 しあわせよ カタツムリに乗って やってこい

やなせたかし は漫画家になる前、新聞社やデパートで仕事をしていました。アンパンマンが絵本として世に出たのは50歳の頃、今のような売れっ子になったのは70歳の頃でした。こんなことをしていていいのか、と思う時もありましたが子どものために絵やお話しを描くという夢が捨てられず、最後まで描き続けられました。「何のために生まれて、何をして生きるのか」というアンパンマン・マーチで歌われる歌詞を人生のテーマとして生きた やなせたかし の思いが、この歌に表れています。

「しあわせよカタツムリにのって」という曲名を聞いて、インドのガンジーの言葉を思い出された方もおられるでしょうか。マハトマ・ガンジーは、徹底した非暴力により、インドの イギリスからの独立運動を指導したことで、インド独立の父として知られています。

彼の活動の中に、「塩の行進」として知られるものがあります。当時イギリス人が専売特許を持っていた塩を自分たちで作れるように、と400km弱の道を約1か月かけて歩いた抗議運動のことで、イギリスからの独立運動における重要な転換点となったとされます。

為すべきだと信じることの実現のために、諦めずに歩き続けたガンジーは、それらの活動を「善きことはカタツムリの速さで動く」という言葉で表しています。

新しいことに取り組むとき、真のおもしろ味や深みは、その入口では見出しにくいものですし、それを深めようとしたり、何かを成し遂げようとしたりすると、多くの場合、壁を経験します。でも、その先に希望や喜びがあることは、コロナ禍を経験した皆さんは知っておられます。

「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」(ローマの信徒への手紙 5章:3-4)という言葉が、聖書にも記されています。

「カタツムリの速さ」で構いません。改めて自分を知り、自分が大切にしたいもの、大切にしたい考えや生き方はどのようなものかを、今後の人生で時間をかけて追求し、生涯成長を続けていかれますように。

進む方向性が分からなくなった時には、一人の大人として大切に育て続けて欲しいこととしてまとめたKAISEIパーソナリティを思い出していただけると嬉しいです。

様々な状況から、海星の大学は数年後に閉学をする選択をいたしましたが、私たちは、ずっと皆様の幸せをお祈りしています。海星で学んだことを誇りとし、それぞれの置かれた場所で「海」をより豊かなものにするための「雫」として、時に周りの人たちを導く「海の星」として務め、きらきらと輝かれることを、そして海星から既に社会に出ていかれたたくさんの雫が、大海で繋がり、広がり続けることをお祈りし、私の式辞とさせていただきます。

 2024年3月16日

神戸海星女子学院大学
学長 石原 敬子